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2008.08.06 Portugal

さて、スペインへ帰国。
全走行距離2500キロのポルトガルの旅が終わった。

ただただ美しい自然、人々、食べ物・・・・・どれをとっても最高のバケーションだった。

ポルトガル北部のポルトまでは、マドリーから高速で6~7時間。途中で国境を超えるが、警察がたたずんでいただけで、特にパスポートチェックなどはなかった。

ポルトはポートワインの産地としても有名。ポルト中心部の市役所のある広場からは川が見えるのだが、その川を挟んだ対岸に、Vila Nova Guiaという地域があり、そこにたくさんのボデガが集中している。

当然、ポルト二日目にそこに行ったわけだが、プロブレム。
地図を持っていない。とりあえず地名だけを頼ってどうにか対岸までたどり着いたが、そこからが非常にくねくねした道がたくさんあり、東に行ったつもりでも気づくと西に向かっていたりする。

明らかに迷っている、これまた明らかな二人の外国人(アメリカ人と日本人)を見た近くのオッサンが、ポルトガル語で話しかけきて道を教えてくれた、「ここから右に行ってまっすぐ行って左に行って右に行ったら坂を下って二つに分かれた斜め右の道を・・・・・」
すいません。覚えられません。という顔をしていると、オッサンは友達を呼び、その友達が自分の車で案内してくれるというのだ。とりあえず何が何だか分からないうちに、猛スピードでその車が去ってくので、慌てて追いかけた。

小さな迷路のような急な坂道を猛スピードで抜けていく。これでは地元の人でないと辿りつけない。わたしは助手席専門なので、ただ景色を眺めていたが、塀に囲まれた急な下り坂から、青い空が見えたり、対岸の赤い屋根の家々が見えた。

Oporto


10分くらいすると、その車は「とりあえずここらへんだから」みたいなことを言って、これまた猛スピードで去っていった。ありがとうを言う間もなく。

ポルトガル人の親切さとその迅速な案内にあっけにとられた私達だったが、とりあえずボテガがぎょうさんありまっせ、なので、最初はTaylor'sのボテガから見学。フランス語だったのでまったく分からなかったが、テイスティングは美味だった。2002年のヴィンテージを飲ませてもらった。ウマかった。

次に、CROFTのボテガへ。こちらは英語だったが、案内も割とざっくりで、そこまで丁寧ではなかったが、テイスティングはやはりウマかった。本当はポートワインってそこまで好きじゃないんだけど、そこで飲んだのは格別に感じた。

Taylors


ボデガを後にし、大学の町コインブラへ。3時間程度のドライブだ。
コインブラもこれまた坂の町で、一旦転んだら命にかかわりそうな急な坂道を上ったり下ったり。コインブラ大学はヨーロッパの三大最古大学のひとつとして知られる。暑いので、ものすんごく暑いので、とりあえず写真だけ取っておしまい。

Coimbra


コインブラでは宿泊せず、ポルトガル人クラスメートの別荘へ。彼は今週結婚式だったんだが、「新郎はただ式に現れさえすればそれでOKだから」ってことで、私達にアテンドしてくれるというので期待していたが、結局彼は結婚式前の病院での検査とかいうなんだかよく分からない理由でキャンセル。だが、別荘には泊まってよいようにしてくれていて、レストランまで予約しておいてくれてた。

コインブラから2時間程度、順調に高速道路を走ってきたが、そこからBom Sucessoというリゾート地へ辿り着くのに、山の中で迷子に。

道は相変わらずくねくねしていて、景色も似たような感じでまったくもって方角がわからない。勿論、方向を示す看板などない。このとき、既に夕方。海沿いにある別荘地なはずなのに、走っても走っても山の中。通りすがりの車を見つけるたびに道を聞いたが、いずれも別の方向を案内してくれ、訳が分からなくなってしまった。しかも、予約してあるレストランは10時で閉店してしまう。ここで食べることができなかったら、明日の朝まで何も食べることができない。さらに、そのレストランのウェイトレスに、その家の場所を詳しく教えておいたから、そのレストランで聞くように、と手配してくれていたのだ。辿り着けないと、食べ物はおろか、寝る場所すらない

どんどん日が暮れていく。既に21時半すぎ。心細くなるわたし。イライラしてくるアメリカ人。と、通りすがったイギリス人がちょうどその辺りに家を持っているとのことで、道を英語で詳しく教えてくれた。

猛スピードでその方向に向かっていると、わたしはそのレストランの看板を、驚異の動体視力で見つけた。「Stooooooop!!!!!!!!!」と叫び、左に曲がってその海沿いのレストランへ。このときちょうど21時50分。

レストランまで来れば、あとは安心。クラスメートはレストランの常連らしく、店主は「ああ、あいつは子供のころから知っているよ~」みたいなことを言っていた。うまい魚料理に舌鼓を打ち、ビールを飲んで、彼の別荘に5分ほどで到着。が、ここでもマイナープロブレム。

家の、鍵が、見つからない。家の鍵を、門から入って最初の左の「植木鉢(Flower Pot)」の後ろに隠した、というのだが、ない。何度探しても、ない。右の植木鉢にも、ない。彼に電話をしても、「絶対あるって!」と言ってきかない。

もしかして・・・と思って、最初の左の「プランター(Planter)」の後ろを探すと、あった・・・・。アメリカ人、怒る。「これはプランターであって、植木鉢ではない!」

でもでもたどり着けたし、いいじゃん。となだめて家の中へ。ゴージャス、とまではいかないが、たくさんの部屋があり、海に面したプールもあり、ロケーションとしては最高。部屋も二部屋用意してくれていた。

とにかく、とにかくわたしはほっとしたので、プールで泳ぐまでもなく、すぐに就寝。
朝起きて、すぐにプールでひと泳ぎ。気持ちいい・・・・。この目覚め方は最高だ。

ゆっくりする時間がなかったので、すぐにカシュカイシュという西側のリゾート地へ向かう。

カシュカイシュの直前に、「Cabo da Roca (ロカ岬)」がある。ここは、ユーラシア大陸最西端の岬。
極東の小さな島国から来たわたしにとって、ここはポルトガル旅行のメインポイントだった。
昔、宮本輝の小説を読んだのと、映画「姉のいた夏 いない夏」を観て、絶対にここに行こうと思っていたのだった。
ちょうど夕暮れ時、太陽がそれこそ真正面から照らしてくるのは当たり前だ、最西端なんだから。
ああ、ここについに来たんだなあ。この先はアメリカ大陸だ。

Torre en cabo da roca

Cabo da roca


崖っぷちには様々な変った植物が生息しており、まるで海底のようだった。その断崖から恐る恐る下をのぞくと、海。
波が岩に当って砕け散る様子はそれこそ迫力がある。さらにここ、崖っぷちから1メートルくらいのところに簡単な木でできた柵はあるものの、基本的に「自己責任」ってことで、誰でも簡単に崖っぷちに立つことができる。
わたしは怖くて柵は超えなかった。日本ならこういう場所には頑丈な高い柵を立てて、簡単に崖っぷちにいけないようにすることだろう。さすが自殺大国。

カシュカイシュはお金持ちのリゾート地として知られているが、最近は新しいリゾートマンションなどが建設され始めている。ビーチというより、がけっぷち・・・?岩場の海岸線なので、泳ぐことはできないが、釣りをしたり、自転車でサイクリングなどを楽しめる。リゾートホテルはゴルフコースやプールがあるので、楽しむには申し分ない。

ここで初めて、予約してあったホテルに宿泊。5つ星リゾートだ。平日だったので全然人がいなかったので少し寂しかったが、部屋も広いし、部屋のテラスで飲むポートワインは最高だった。ここでちょっと休憩、ってことで2泊。

Pool

Seafood


カシュカイシュの次に向かった先は、リスボア(リスボン)。リスボアではポルトガル人のこれまた友達の家にお邪魔することに。リスボアも坂の町で、車がなかったら観光も一日がかりだったことだろう。
リスボアでは夜、ファド(ポルトガルの伝統的な歌)を聴いた後、クラブをはしご。これはマドリーのそれらとあまり変わりない。

Torre da belem

Lisboa

Lisboa noite

Lisboa 2



翌朝、その友人が両親の農場へ行くというのでついていくことに。リスボアから車で1時間くらい走って、田園地域に。

Middle of nowhere

それこそ「Middle of nothing」な場所に彼女の両親の家がある。とーーーーっても広い、よく手入れされた芝生の土地に、ぽつんと家が建っている。家はこれまたかわいらしく、手作りのトマトジュースやキッシュなどはすべてその農場で採れたもので作っている。彼女の母親はまるで絵に描いたようなお母さんだ。可愛いおばあちゃんもおり、わたしを見ると、初めて日本人を見たかのように目をまん丸くして、恐る恐るポルトガル語で話しかけてきた。わたしがスペイン語で返すと、驚いたようにまた目をまん丸くしてから、顔をくしゃくしゃにしてにこっと笑った。かわいい・・・・・。
庭にプールを発見したので、早速水着に着替え、がんがん泳いでプールサイドで昼寝。プールに水が注がれる音以外、何にも聞こえない。平和だ・・・・。
夜は近くの(といっても車で30分)レストランでバカラオを食べた。バカラオ、うますぎ。そのあと、敷地内にある、映画観賞用の建物(これが必要以上にでかい、テレビも必要以上にでかい)でCasa Novaという映画を鑑賞。この映画自体は・・・・・B級って感じだったが味わいはあった。

次の日、出発するわたしたちに、彼女のお母さんは「お弁当」を持たせてくれた。中にはキッシュ、サンドウィッチ、コーラ、水が。 なんてやさしいの・・・・。散々お世話になった挙句にお弁当まで。ほんとすみません。帰ったら彼女になにか御馳走しなくては。

Faro


さて、車に乗り込み向かう先はファロ。ポルトガルの、いよいよ南端に近づく。ファロはリゾート地として知られ、かなり商業的に開発されているが、ニースに雰囲気が似ていて、街並みがかわいい。ショッピングモールがあり、完全にお金持ちのリゾート地だ。

宿がないが、とりあえずおなかが空いていたので晩御飯。海が見えるレストランで魚料理を。観光地なので味はそこそこ。だが安い。

Cena en faro

おなかいっぱいになり、歩きながら宿を探していると、「Pencao」という文字が。交渉すると、ひとり25ユーロで「スイート」に泊まれるという。ホステルのくせにスイートってなんだよと頭の中で突っ込んだが、実は一番広い部屋で、広いバルコニー付きというものだった。部屋は確かに広く小奇麗で、清潔だった。夜11時過ぎのチェックインだったが、当日予約していたのに現れなかった客がいたので、この部屋が空いているということだった。
とっても快適ではあったが、夜中蚊に悩まされ、あまりよく眠れなかった。

次の日はいよいよ最終日。スペイン(セビージャ)経由でマドリーに帰る。ファロからは高速でびゅーんと3時間くらい走ってセビージャ。国境を越えたら、なんだか寂しくなってしまった。なので、途中ビーチに立ち寄ってしばし休憩。ビーチは広く、日本のように混雑していない。それに、やはり、というべきか、堂々とトップレスの女性が多々・・・・。なんだか日本の露天風呂に来たような感覚を覚えた。

セビージャについたら、早速Tinto de veranoを注文。ポルトガルにはないもんね。スペイン広場を見て、もう本当に暑かったのでランチして早々にセビージャを出発。マドリーまでそこから5時間くらいかかっただろうか。
マドリーに到着したのは午前1時。すでになにもかもが閉店しており、お腹が空いていたわたしたちは絶望的な気分になったが、VIPS(ファミレス兼コンビニみたいなもの)が開いていたのでそこで夕食をとった。

長時間ドライブのおかげで疲れたが、それでも楽しく思い出深い旅だった。
イタリア、フランス、スペイン旅行に飽きた人には、ポルトガルを強くお勧めする。
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