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2008.07.08 El caso
今日のBusiness Government & Societyのケースは熱かった。

Beavis and Butt-headという、アメリカのMTVで放送されているとってもPolitically Incorrectなアニメが青少年に悪影響を与えるとして議論の渦中にある中、MTVとしてどう対応すべきか、というディスカッション。

ハーバードのケースで、その中の一部に、アメリカと他の国々のTVにおける暴力的表現についての比較があったんだが。

「一方、日本のTVはアメリカよりも恐らく暴力的であり、日本は残酷なアニメやポルノ映画などでよく知られている。」

って・・・・・・汗 そこ全然本筋と関係ないのでスルーしようとしたら、クラスディスカッションでひとりがそこを持ち出してきてしまったので、日本人としてはスルーできなくなった。

そもそも、暴力的、の定義がまちまちなんだが、彼らにすると、ドラゴンボールやドラえもん、らんま2分の1などでさえ暴力的の範疇にはいる可能性があるということだ。
それらを見て育ったわたしたちって・・・・・汗

ドラゴンボールなんか格闘シーンがあるので暴力的と言えなくもないかもしれないが、それと「24」でジャック・バウアーが24時間の間に数十人を銃で殺したり、脅迫したり、誘拐するのとどちらが暴力的かと言われたら、わたしは後者と言わざるを得ない。リアリティがあるかどうかという点で。(もっとも24自体ある意味リアリティないが・・・・・生身の人間が演じている、という点においてはリアリティがあるといえる)

特にファンタジーにおいては、実写のリアリティさがないからこそ悪影響を与えやすいこともあるかもしれないが、それよりもむしろ、暴力的表現をカバーする以上の文化的・教育的価値があるのだったら、一部を全体と見なして暴力的と言い切ってしまうのは、言いすぎなんじゃないだろうか。

もとより、ビジネスとしては、
- 暴力的表現があることの予告を入れる (観たくないなら観ないでよね)
- 対象番組を深夜枠に移す (こどもは寝る時間なはず)
- 暴力的表現と実際の危険行動についての科学的根拠が不明確であるため放送を続行する旨のアナウンスをする (ある意味責任回避・・・・・?)
などが考えられる。

個人的には、Politically Incorrectな番組もあっていいのではないかと思う。
Politically Correctなものだけ見て育つと、何がそうではないのかが分からなくなるような気がして、余計恐ろしい。グリム童話然り、教育的価値がそこにある限りは、長期的にみれば、多少の暴力的表現もあっていいのじゃないだろうか。
また、マネする人が出てくる、という点に関しては、それはどんな社会・時代であっても一定数そういうことをするひとはいるんじゃないかと。ギリシャ神話?童話?の「イカロス」なんか鳥の真似して失敗したし。だったら鳥なんか全滅させればいい、という議論にはならないでしょ。

だから、番組自体をなくしたり内容をまったく違うものにしてしまうよりは、現状を維持した状態でいかに企業としてのポジショニングをするかが大事だと思う。

以上、今日はつかれた・・・・・
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