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House of people

金曜日の夕方にマドリーを出発し、週末はブカレストで過ごした。

いやあ、一言では言い表せない国だ。

1989年に革命がおきてチャウシェスク大統領夫妻がハチの巣にされ殺されたのは、わたしが9歳の時だったが記憶に残っている。国の偉い人が殺されるとは、一体どんだけきな臭い国なんだと、遠く日本から「絶対無縁だろうな」と思っていたのに、この歳になってまさかその国に来るとは思ってもみなかった。

ルーマニアは、言葉はルーマニア語、スラブ系、イタリア系、トルコ系などから構成されている。聞いている限り、言葉はイタリア語に近い気がした。てっきり「がち」でスラブな国だと思っていたので、意外にラテンの要素があることに驚いた。

それでも、ノリはやっぱり共産主義。後で触れるが、まず目線の厳しさが違う。

クラスメートのルーマニア人をツアーガイドとし、スイス人夫妻、グアテマラ人夫妻、アルゼンチン人、メキシコ人、北米人、ドイツ人、イタリア人、そして日本人、という超マルチナショナルな構成。

西側の国だったら、ツーリズムへの投資が盛んだからこういうメンバーの団体観光客も珍しくないかもしれない。

が、ルーマニアは全くツーリズムに投資していないこともあるし、元共産主義国のメンタリティなのか、本当にジロジロ「不審な」目で見られた(特にアジア人のわたしは。中華街もブカレスト郊外にしかないので)。
よって、観光客は、全くいなかった。歴史的な建造物、たとえば「House of people」なんかでも、私たち以外に誰もいなく、閑散としていた。

また、不思議なことに、日本のエクセレントカンパニー、たとえばトヨタ、ホンダ、東芝、キャノン・・・・・などの看板が一切、ない。
一国の首都。これまでいろんな国を訪ねたが、これらの看板や宣伝がない首都は無かった。車も殆どがDACIAというルーマニアのメーカーか、そのほか色々、トヨタやホンダはあまり見掛けなかった。
その代わり、妙に目立つのがSAMSUNG、HYNDAI、LGなどの韓国メーカーの看板。日本企業が積極的に進出していないだけなのかもしれないが、妙に不安感を覚えた。


また、美術館に入るにも、いちいち「政府発行の身分証明書」を提出し、コピーを取られ、荷物検査(X線検査)され、中は写真撮影禁止でカメラも預けなければならなかった。一人は身分証明書をホテルに預けていたので、中に入ることができなかった。
その他、あらゆる政府関係の建物は「写真撮影禁止」で、遠くからカメラを向けていても、警察が「NO」と注意してくる。それは、大事な建物だけではなく「ルーマニア・中国文化交流センター」なる、ダイレクトな政治的アクティビティとは比較的離れた建物であっても、だ


そんな国だが、もちろんCozyな場所もある。東京だと麻布とか広尾とか?富裕層のみがくるバーやレストラン、おしゃれなカフェやクラブ・・・・。特にクラブはヨーロッパで3番目に大きいハコである「Bamboo」というところに行った。土曜日の夜だった。ブカレストでは有名なクラブらしく、フェラーリやらメルセデスやら、リムジンやらが続々と駐車場に入ってきていた。宿泊しているホテルの近辺にも景気のよい車がたくさんあったので、特に違和感はなかった。VIP席を借り切ったが、全くスペインや日本のそれらと変わらなかったし、人々もそれなりに裕福そうだった。それでもVIP席を一晩借りて、1000ユーロくらいらしい(ルーマニアの通貨はLEI、3LEIで1ユーロくらい)。

レストランも相当美味しいルーマニア料理を提供していた。スペインに比べると、かなり安い。ちなみにロールキャベツはルーマニア料理らしい。地ビールもうまいし、料理もうまい。肉が中心、ステーキか、グリルのようなものにソースをかけるものがメイン、若干トルコ料理に似ている面もある。


一方で、ルーマニア人のクラスメートは、ジプシーが住む貧乏エリアにも連れて行ってくれた(勿論、車で)。景観も、人々もまったく違うし、「格差」を愕然と感じた。フェラーリとは一生無縁と思われる人々、道端で花を売ったり、葬儀屋をやったりして細々と生活している。今ではジプシーも一部、ビジネスを始めて成功し富裕層の仲間入りをする人もいるそうで、白人のジプシーもいるため、結局見分けはつかないことが多いらしい。が、やはりそういった「成り上がりジプシー」は、富裕層の中でも多かれ少なかれ、差別にあったりしているそうだ。


もう、本当にこの国は、「混沌」としている。

最もファッショナブルといわれるストリートでも、革命のときに壁が破壊されたままのビルにヴェルサーチなどのブランドショップが入っている。かと思えば、隣のビルはモダンな建築でオフィスビルとして使われていたりする。革命の傷跡は根深いようで、破壊された状態で、誰も手を着けずにただ放置されている巨大なソビエト風味の廃墟もあちこちにある。

Strange building


ただ、クラスメートいわく、この国はまだ変化の最中だから、5年後に訪ねたらきっとまったく変わっているだろう、とのこと。
確かにインフラの整備など行っているのを見ると、うなづける。

本当に、今回のTripはいろんなImplicationを感じることができた。
決してアジアンリゾートでのショッピング&エステ三昧な「常に楽しく快適」な旅ではないが、ほかの国を「知る」という意味では勉強になったし、自分の常識に常にSkepticalでいなきゃいけないなと思った。

治安はスペインに比べれば落ち着いてはいる(なにせ観光客がいないんで、スリの文化が発達していない)が、言葉の面と文化的な側面(観光客を不審者として見る)からして、日本人一人でふらりと行く場所では決してない。でも、もしガイド付きツアーか、ルーマニア人と知り合う機会があれば、絶対行ったほうがいい。

※写真は、「House of people」と、革命で破壊された部分だけを新たに建て直した不思議なビル
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