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リトアニア行ってきた。しばらくの間アップデートがなかったのはそのせいにしておこう。

一日目。

ヴィルニウス空港到着。これまで見た中で一番小さい国際空港。
東の匂いが。
Airport

リトアニア人クラスメートとその彼氏の車で市内へ。福岡空港みたいに市内の近くに空港がある。チェックインし、その辺をぶらぶら。

街は思ったほど東東していなくって、北欧の街を思わせる、整備された小さなものだった。クリスマスの飾りがあちこちにあり、割と華やかでびっくり。

City

レストランで地元の料理を食べた。わたしはサーモンをグリルしたやつ、別に世界中どこへ行っても食べられるが・・・・・ソースはサワークリームで独特だったが美味。

リトアニアの通貨は「Lita」。1ユーロは3リタくらいだ。この日の晩御飯はひとり70リタ程度。あれだけ飲んで食べたのに・・・。安い。 そのあと例によってクラブで遊んで、ホテルに着いたのは3時ごろ。


次の日はポーランドの国境近くの村へ。そこに彼女の友達のセカンドハウスがあり、そのセカンドハウスにサウナがあるので、そこへサウナ祭しにいこうじゃないか、という話。
3時間程度のドライブで到着したが、とにかくドライブ中は霧ばっかりでほとんど何も見えない。なので、女子4人で、今更だがクラスの誰がかっこいいとか誰となら結婚してもいいとか、そんなどうでもいい話をしていた。

むちゃくちゃ、とにかく寒い。そして、辺境の地へ来た、という感覚。

Saunahouse


恐らく、ここへ来た日本人はわたしが初めてだろう。

芯から冷える寒さとはこのこと・・・・。でもログハウスはとっても快適で、サウナはむちゃくちゃよかった。なんとあの身が縮まるような寒さの中、何人かはサウナから出て、ダッシュで湖へ飛び込んでいた・・・。恐るべし、西洋人・・・・!

翌日、ヴィルニウスへ戻り、その途中でトラカイという小さな城下町で城を見学。昔ここが首都だった頃があったそうで、とても大事なお城なんだそうだ。これまた湖に浮いているような城。きれいだが、とにかく、寒い。

因みにこの旅行のメンバーは、イギリス人女子、イギリス人夫婦(途中で別行動)、ドミニカ人女子、メキシコ人男子、ペルー人男子、アルゼンチン人男子、そして日本人。そう・・・・・南米系が半分。アルゼンチンは冬は寒かったりするのであれだが、それでもマイアミ育ちの彼はぶるぶる震えていたし、ラティーノたちの寒がりっぷりが激しくて、申し訳ないが笑えた。

わたしとイギリス人たちは、スキーやったり、元々寒い場所で育ったりとかしてるので、割と寒さには慣れていたので大丈夫だったが。

ここで、リトアニア名物のスープを堪能。
黒パンでできた器に、キャベツのスープが入っている。ロールキャベツのスープ部分みたいな感じ。それを、器であるパンを内側から崩しながらスープと絡めて食べるのが通なんだそうな。これはかなり美味で、旅行中何回かオーダーした。

Soup

その後、市内へ戻ってシャワーを浴びてシエスタしたところで、Sky Barという、市内でも数少ない、というか唯一の高層ビル(でも22階)の最上階のバーに行った。
東京でいうところの、パークハイアットのバー、といったポジショニングだろうか。
東京のようにたくさんの電気やネオンはないが、道路のライトやクリスマスの飾りつけが上から見てもきれいだ。
Skybar

帰りに、なんだか飲み足りないね、という話をして、女子3人組は深夜の街へ繰り出した・・・。といっても日曜日の夜。どこも空いていない。結局、メキシカンバーで少しつまみながらワインを飲んでホテルに戻った。日本人とイギリス人とドミニカ人がリトアニアに来て、メキシカンバーでフランスワインを飲むなんて、「Totally random」だという結論に達した。

4日目、本当ならニダというバルト海沿岸の村に遊びに行く予定だったが、なにせリトアニア人クラスメートその彼氏がこの3日間運転しっぱなしで、かなり疲労困憊しているのが分かったので、みなそれとなくプラン変更の流れになった。
ヴィルニウスがリトアニアの東に位置している一方、ニダはまさに西側。国を横断しなければならないのだった。たぶん、日本でいう東京から新潟くらいか。チリなら5往復くらい横断できるだろう。

ということで、リトアニア第二の都市、カウナスへ。
ヴィルニウスから車で1時間ちょっと。なので日帰りだ。ここでは、ちょっとヘビーな見学を。
第二次世界大戦中、刑務所として使用されていた場所(いまは拷問博物館)へ。この日はラッキーなことに、太陽が出ており明るかったにも関わらず、この場所は閑散としていて、不気味な静けさが漂っていた。
ここで、3万人以上のユダヤ人、リトアニア人、ロシア人たちがナチによって処刑されたそうだ。博物館はすでにしまっていたが、逆にちょっと怖いので、閉まっていてよかったとちょと思った。
次に、グループ別行動になり、わたしは念願だった杉原千畝ハウスへ。が、既に17時を過ぎていたのでもう誰もいなく、閉まっていた。
暗かったうえに寒さでフラッシュがうまく動かなかったので、写真も満足に撮れなかったが、それでもここに来れたことに感動。

Sugihara

その後、気分転換しようってことで、ボーリングへ。よく日本の郊外の街にあるような、ショッピングセンターと映画館、スケートリンクなどが集合したコンプレックスへ。
ここで知ったこと。
日本人のボーリングのレベルの高さは異常。わたしはかなり下手な方(100いかない)で、ボーリングあまり好きじゃなかったわけなんだけれども、彼ら西洋人、「俺はボーリング得意だぜ」という人であっても、100に満たなかった・・・。結局2ゲームやって、わたしがトップ・・・・。 がんばろうよ、南米人。

最終日。ヴィルニウスをもっと知ろう。ということで、街をランダムに散策。
ウズピス共和国、という、ボヘミアンたちが作った芸術の共和国が、街の端っこにある。本当に古くて貧しい建物に、芸術家たちがたくさん住んでいる。おかげで、その界隈にはおしゃれなアクセサリー屋さんやテキスタイルのお店が立ち並んでいて、おしゃれ。
しかし、最近はそういったビジネスと、これまでのライフスタイルを保ちたいボヘミアンたちの間で対立が生じているそうだ。

Constitution


Uzpis


遅いランチのために、少し市内から離れた川沿いの風車小屋のレストランへ行った。非常に寒いが、暖炉があったし、とってもいい雰囲気。ここでサーモンを食べた。普通にうまかった。あと、ホットワインを飲んだんだった。神楽坂のホットワインには足元にも及ばないが、それでもなお、暖炉の近くでホットワイン・・・・贅沢な時間だ。

旅のクライマックスは、バレエ鑑賞。ホットワインですっかり、「寝る気まんまん」だったが、先日述べたように、日本人ダンサーの演技が圧倒的すぎて、寝ることもできなかった。

今回の旅も、やはり地元の人に案内してもらったので、割と知る人ぞ知る場所へ行けて大満足。にしても、日照時間の短さは、スペインから来たわたしたちには「Too much」で、皆かなり疲れ気味。マドリーへ帰着して、まぶしい日光を浴びたら、やっぱこれじゃなきゃ、と思った。
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